忘れもの「迷会話」

老人は診療室をでる前に言った。

「こんど来るときに、持ってくるものは?」
「いえ、特にないですよ。そのままいらっしゃい」

次回の診療日。

「私を持っていくのを、すっかり忘れてしまいました」
「あなたがいないのなら、診察は難しいですね」
「そこをなんとかできませんか?」
「あなたがいないのなら正確な診断はできかねますので、お引き取り願います」
「私は、すでにお引き取りになっています」
「ああ。そうでしたね」
「ところで先生!私はどこにいるんですかね?」
「さあ。先生もあなたと話していると(いや。あなたは不在なんだが)なんだか迷路にいるようです。誰と喋っているのか不明ですな」
「どこにいるか分からない私を持参するのはできない相談じゃありませんか?」
「いま先生と話している奴を連れてきなさい!」
「はい。了解しました。私ではなく奴を連れてきます」
「それにしても、奴は私でしょうか?」
「どっちでもいいから、声を連れてきなさい!」
「声、ですか?」
「喋っている奴がいるだろう?」
「やっと意味がわかりました。声を診るんですね」
「まったく!ドストエフスキーの二重人格みたいだな。奇妙奇天烈こと極まるない!」




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