引き算の英雄

先生が生徒の机の周りをゆっくりとした足取りで見回る。足し算の短期テストであった。そこでふと足が止まった。少年が悉く間違った解答を紙に書いている。先生は親切心からこう耳元で囁いた。
「君。これは足し算だよね」
すると少年は無表情にこう返してきた。
「これでいいんです。引き算です」
先生はどうゆう意図なのか計りかねた様子でもう一度こう言った。
「記号をよく見てごらん」
少年は少しも動じずにまた切り返す。
「足し算は消滅してしまいました。だから僕は引き算しかやりません」
「それはいったいどうゆう意味だい?」
「だから足してばかりいるから、こんな世の中になってしまったんじゃないですか?過剰になったのは引き算を忘れているからなんですよ!僕たちにやたらと知識を詰め込まれますが、消化したらすぐに捨てるほうが賢明です。それを僕たちは自然にしてます。大人はどうか知りませんがね。いま流行の情報病というのは要するに知識の肥満なんだから、引き算こそ重要になるというわけです。先生ならお分かりの事と存じ上げますがね」
誠に小学生らしからぬ言い草だと思ったが、興奮は収まらないので、聞くことにした。
「加えるから悪くなるんです。引かないとダメになります。だから僕は足し算に反旗を翻すようにして強引に引き算にしてしまうのです。足し算を引き算に変換することこそ僕のやるべき勉強です。足し算なんか教えている場合ではありませんよ!先生もだいぶお太りでいらっしゃる。肉を削ぎ落とすことをお忘れではないですか?」

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