自動販売機の女
人通りの少なく、あまり目立たない路地裏に、孤独にぽつんと設置された自動販売機があった。奇妙だが、何を販売しているのだか不明で、コインの投入口だけがある。いつもなら素通りするところだが、今日に限って不思議と気にかかる。たまにはこうゆう商品のわからない販売機もいいな、と素直に思った。さっそくコインを入れてみる。すると自動販売機は洗濯機のようにガタゴトガタゴトと騒々しい音を立てながらぶるぶる震える。電光がチカチカ光る。静かになったと思ったら、また地震のように揺れるのだった。だいぶ時間がかかる。もう待ちくたびれたので、諦めてその場を立ち去ろうとしたとき、大きな音とともに人間が転がってきた。いま何世紀だったけ。人間が売りだされているなんて空想の世界みたいだ。実に未来的な出来事だ。「ありがとございます!」と、その美女が明るい笑顔で礼を述べるので、些か困惑する。こうして私は女と手をつなぎながら、自宅に持って帰ることにした。この彼女が、現在の妻なのである。桃から産まれた桃太郎のお話のようだが、誠に機械的な手続きによって、我が伴侶となった自動販売機の女が、私の運命の女になったのである。レシートには金額と捺印された婚姻届が、いっしょに印刷されていたので、同意するしかなかった。なんだが、とても消極的な結婚である気がするのだが、しかたないな。最近ではこれが流行だし、ごく普通のことなんだから。
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